先週、このブログのメッセージ機能で(デスクトップ版の右側に送信フォームがあります)、「インドにおける債権回収の時効は何年でしょうか」というご質問を送られてきた方がいらっしゃいました。

 メッセージはメールとして私にタイムリーに届き、この時は私の知る限りのことをその場で返信したのですが、せっかくなのでこのブログ本体でも簡単にまとめを記しておきます。


<日本の制度との違い>

■(専門用語で言うと)時効は、実体法上の問題ではなく、裁判所による救済の問題とされている 
 
 日本の民法には、「債権は、十年間行使しない時は、消滅する。」と規定する条文がありますが(167条1項)、インドの法律にはこのような規定はないようです。
 すなわち、上記の条文の文言どおり、日本では、時効というのは「権利自体を消滅させる効果を有する制度」として規定されているわけですが、インドでは、時間が経過したからといって権利がなくなるとは理解されていない、というわけです。

 では、時効という考え方は全くないのかというと、そうではなくて、後述のように、一定期間が経過すると裁判所がその問題を取り扱うことができなくなる、ということを定めた法律が存在します。
 法律用語としてはperiod of limitation(以下PLといいます)と言いますが、例えば、お金を貸したのに返してくれないという訴え(貸金返還請求訴訟)のPLは3年と規定されており、貸付からこの期間経過後に訴訟提起しても、裁判所に却下(門前払い)されてしまうことになるわけです。

 なお、このような状況は、インド独特ということではなく、いわゆるコモンローを土台とする法体系において一般的なことのようです。
(例えば、法律情報提供サービスサイトであるNet Lawmaの記事を参照ください。https://www.netlawman.co.in/ia/limitation-act-1963
 

■とは言え、だから債権管理の方法が大きく変わるということでもない

 そういうわけで、インドでは、制度的な理解としては、債権回収について、何年経ったからもはや手出しができなくなるということはない、相手方の支払義務がなくなるわけでもない、と理解していただいて、間違いではありません。

 ただ、裁判ができなくなるというのは、国家権力による強制力を用いた回収ができなくなるということですので、PL経過後の権利の実現は、実際にはより困難になると考えられます。
 他方、日本においても、時効が完成してしまった債権でも、それにもかかわらず債務者が任意に支払いをすること自体は法的に認められているので、時効期間が経過したら回収可能性はもはやゼロ、ということでもありません。(説得して払ってもらえることもあり得る。)

 ですので、債権回収の実状としては、日本とインドでそんなに差異が生じるわけではなく、インドにおいても法律が定める時効制度を正しく認識した上で債権管理をすることが、やはり重要、ということだろうと思います。
 

<The Limitation Act, 1963(1963年出訴制限法)の概要>
 
 インドで出訴期間を定める法律はこれです。
 条文はこのリンクから確認して下さい。

 構成を大雑把に言うと、前半の第2章及び第3章で、期間の計算の仕方、例外的な場合の取扱方法(例えば計算上の期間満了日に裁判所がお休みだった場合はどうするか、など)について規定し、肝心の期間設定については、末尾の別表(THE SCHEDULE)に定められています。
 そして、この別表が、どのような権利に関わる裁判なのかに応じて、出訴期間の長さを細かく規定しているわけです。

 日本においても、原則的には債権の消滅時効の期間は10年、商事債権は5年、ではあるものの、民法や商法において債権の内容ごとに個別の時効期間が細かく規定されているのですが、このThe Limitation Act, 1963の規定の仕方は更にもっと細かく、実に137種類に及んでいます。

 ただ、概観していただければおわかりいただけると思いますが、これも超大まかにカテゴライズすると、

 ・基本的には債権請求の出訴期間は3年
 ・不動産が絡む請求についてはもっと長い(12年とか)
 ・不法行為債権(名誉毀損の賠償等)はもっと短い(1年とか)

となっている、と言えるように思っています。 
こちらを頭の片隅に残しておきつつ、具体的に、自らに関わる債権の出訴期間について、該当する条項を見つけて理解しておいていただけたらと思います。


 なお、蛇足ですが、同法は債権の消滅時効関連だけではなく、財産の取得時効についても規定しており、更にこの取得時効に関しては実体法上の権利取得の問題としていますので(反面として元の所有者は所有権を実際に失う)、取得時効が何年か、が問題になった場合もこちらの法律を参照して下さい。 

 
image

 今日の投稿は以上です。
 写真は、この季節に出回るインドの人参です。この日は1kgで約70円程度でした。
 ちなみに、このような商品について販売代金債権の時効期間はどうかというと、やはり3年のカテゴリーに該当するのではないかと思われます。(別表の14あたりかと思います。) 



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【今日の英語メモ】     

( ※まだ方向性が定まっていないので変更するかもです。)     


文献を読みながら調べた単語

 ・adverse posession (所有権の時効取得)
   

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